40歳を超えてから見つけた【おとうのトリセツ②】私は「段取り」で安心感を得る人間
前回の記事を軽く振り返ると、
投資についてChatGPTへ相談したことをきっかけに、
「私は仕組みを作ることで安心する人間だったのか!」
ということに気付いた。
そして、
「これは投資に限ったことじゃないぞ」
と思った。
投資のケースという横展開してみた。
つまり特定の投資という〖具体〗を一旦〖抽象化〗してみた。
すると、
なんてことない、
昔から私は一貫して仕組み化がすきだったのだ。
看護師として働いていた頃も、まったく同じだった。
今回はそんな話。
(もっと言うと子どもの頃からなんだけど、それはまた別の話)
朝4時起きが苦じゃなかった理由
看護師時代、
(これは正社員ではなく派遣時代の話)
私はアクアホームで早番だけの勤務をしていた。
勤務開始は朝の6時。
契約上夜勤がなく、
休みも少なかったので
毎日同じ勤務時間。
当時私は毎日朝4時に起きていた。
- 起きたらジムへ行く。
- 筋トレをする。
- ランニングをする。
- シャワーを浴びる。
- 職場へ行って6時から仕事。
この生活を半年くらい続けていた。
周りからは、
「よく毎朝ジム行くね。」
「朝4時とかすごいね。」
なんて言われてた。
でも私からすると、
特別なことをしている感覚はなかった。
むしろ、
やるべきことをやりたいがために選択したこの生活は、
これが私にとってのベストだった。
あとは、
毎日同じ流れだったのが楽だったんだと思う。
毎日が成功体験の積み上げだった。
「今日はこれでいけた」
「今日もこれでいけた」
(いけたというのは目標達成の意味)
一見毎日同じルーティンだが、自分の中では微調整していたのだ。
それが達成感を生んでいた。
ある程度毎日仕組み化していないと、微調整をする楽しみはなかっただろう。
そして
程よい疲労感と達成感の中で仕事に迎えることが楽しかった。
朝起きた瞬間、
「今日やるべきことは何か?それをどういう手順で…」
なんて考えない。
起きたら、
いつも通り身体を動かしていく。
「これの次はこれ…」と。
それが習慣化する。
だから、
意志の力を使わない。
今思えば、
これがまさに「仕組み」だった。
私は頑張るより、仕組みを作る方が好きだった
昔は、
「さすが運動部出身だから粘り強いですね。」
なんて言われることもあった。
でも、たぶん違う。
私は、ストイックだが、決して我慢強くはない。
案外、自分に甘い。
根性論も好きじゃない。
行き過ぎた体育会系はクソくらえだ。
反抗したくなる。
気合いで続けるタイプでもない。
モチベーションは変わりやすい。
その代わり、
一度仕組みができるとその中で動き続けることは得意だった。
楽しいからね。
なにごとも慣れだ。
例えば、
歯磨きを忘れる人は少ない。たぶんね。
それは毎日やるから。
=生活に組み込まれているから。
私にとって、
朝4時起きはそれと同じだった。
だから、
「続けるコツは?」
と聞かれても困る。
コツじゃない。
決めたことをやるだけ。
その先に目標が待っているから。
手段は習慣化。
B子もといB太郎の歌〖ウータンの歌〗から抜粋すると、
「できるかじゃない!やるんだよ小僧!」
と歌っているワクワクさん状態。
(わかるかな?)
リーダー業務の前日に病棟へ行っていた
今思い返しても、
これは我ながらよくやっていたと思う。
リーダー業務の前日。
私は休みの日でも、
夜に病棟へ行っていた。
もちろん仕事じゃない。
翌日の患者さんの状況を確認するためだ。
そして翌日の入院予定は誰か。
- 誰に割り振るか。
- 誰にサポートをお願いするか。
- 退院予定は誰か。
- 重症患者は誰か。
- 検査は何件あるか。
- どこが忙しくなりそうか。
- 休憩はどう回すか。
- ラウンドでは医師が何を気にして質問してくるか。
- それにどうこたえるか。
そんなことを考えながら、全部メモして帰る。
同僚から見ると、
「休みなのにどうしたの?」状態
だったと思う。
でも、
私にとっては逆だった。
答えは簡単、
「その方が安心できるから」
そして、
自分が”何も知らない状態”で仕事に向かうのが
我慢ならなかったのだ。
全体像が見えると、不思議と落ち着く
翌日出勤した時、
もうすでに頭の中には、だいたいの一日の流れがある。
というか、詳細なイメージを描いている。
もちろん、
全部が予定通りにはいかない。
地域の中核病院だったので
- 緊急入院も頻繁にある。
- もちろん重要患者さんも多く、
- それ以外の予想外の急変もある。
- 医師の指示変更もよくある。
(医者はだいだい指示変更を言ってこないんだこれが)
でも、
それに対応できるだけの土台がある。
だから、ある程度のハプニングには対処・修正できる。
それも自分のコントロール力だと思っていた。
何も考えていない状態でいきなり予定変更されるのと、
ある程度の全体像が見えている状態で予定変更されるのとでは、
気持ちも対応力もまったく違う。
私は、
後者の方が圧倒的に動きやすかった。
どう考えても当たり前だ。
準備こそすべて。
私が好きだったのは「予測」ではなく「準備」
ここは少し誤解していた。
私は昔から、
「ビビッて準備ばっかりして、、、小心者なんだな。」
と思っていた。
でも違う。
決して
未来を当てる占い師ではないが
ましてや完璧な予定を立てたいわけでもないが、
やりたかったのは、
自分が想定できる範囲内での完璧な準備だった。
ミソは〖想定できる範囲での〗だ。
完璧な準備なんかありえない。
でもできるなら、そこまではやろうって話。
そうすると、
多少道を外れても戻れる。
これって、
旅行と同じだと思う。
計画を立てるから安心して歩ける。
- 多少間違えても
- ハプニングが起こっても
問題なければそれ自体を楽しめる。
だから一人旅が好きだった。
準備を完璧にしてイメージした上で
予想外のことを楽しむ。
私は昔から、そんなタイプだったんだと思う。
投資も、家事も、同じだった
最近になって、
ようやく気付いた。
- 投資信託へ一元化したい理由。
- 毎日の家事をルーティン化する理由。
- ブログを書く曜日を決める理由。
全部同じだった。
私は、
何も決まっていない自由が好きなんじゃない。
- 仕組みを作って、
- その中で安心感を得ながら
- その中で自由を見つけて活動するの
が好きなんだ。
そうすれば、
過剰に脳のリソースを使わずに済む。
そして、
本当に大事なことへ集中できる。
患者さんへの看護としてこだわっていたことがつながってきた
ここまで考えて、
もう一つ思い出したことがある。
看護師として働いていた頃、
私は患者さんへの接し方でも、
こだわりがあった。
目の前の正解より、
もっと先の大きなゴールを見ていた。
例えば、
認知症の患者さんに、
正論をぶつける看護師は意外と多かった。
しかし私はバカげたことだと見ていた。
相手を傷つけて何の解決になるんだ、と。
そんなことより、
ちょっとふざけてても、
ちょっと現実離れしていても
まずはその人の世界に少しだけ入る。
一緒に笑う。
時にはステーションでお茶を飲む。
相手の話に目線を合わせる。
その方が結果的に、
患者さんも穏やかになる。
こちらのお願いも受け入れてもらいやすくなる。
そして、
一番大切な「安全」を守れる。
当時は、
看護として自分のポリシーを持ってそうしていた。
でも今なら、
これも私の性格だったんだと思う。
そんなアツい看護話は、
次回書いてみようと思う。
