私が当ブログを書き始めて100記事を超えた。

まず、記事を書き続けられていることに感謝したい。

環境にありがとう。

家族にありがとう。

そして、頑張っている自分にありがとう。

 

その上で、

私はこのブログでは〖カテゴリー分け〗をしていない。

 

それはなぜか?

ということをここで書いておきたい。

(今後カテゴリー分けし始めるかもしれないが、今時点での思いってことで)

 

私がカテゴリー分けしない理由

理由はこれ↓

思考が偏る(かたよる)から

 

カテゴライズした段階で、

「このブログはこれ系統を書いている」

と、自分自信でも

書く内容を縛ってしまうような気がしたからだ。

 

そうなると、手が止まって、

自分の本来書きたいことではなく、

カテゴリーテーマに寄せて書いてしまっている姿が容易に想像できたから。

趣味ブログだから成せること〖内容バラバラ〗

本来のブログ運営なら、

「読者ファースト」

であるべきなのは承知している。

 

権威性・専門性が高く評価され、

「○○系ブログ」

とわかりやすく記載した方が

読者もわかりやすいし回遊してくれるし

 

その方が知りたい情報にたどり着けて

満足度も高いだろう。

 

しかし、だ。

このブログは思考の吐き出し口だからそれでOK!

私はこのブログを、

「読者に読みやすくしよう」とは1㎜も思っていない。

(もし読んでくださっている方がいたらごめんなさい)

 

このブログは、あくまで

私の思考を書き出して、

「思考の記憶貯留装置として残したい」

という想いで書き綴っている。

 

だから、

カテゴライズなんてできるわけない。

 

人生だから。

 

1つの記事内でも右往左往して、

そのときの迷いや悩んでいる過程を

そのまま文章に残したいと思っている。

 

これは「私」という思考回路を残すための作業

落合洋一さんが、

自分のAIを作って会話していたのを

結構前にYouTubeで見た。

あの人は論文を書いたり、本を出したりと、多くの「自分表現」が残っている。

 

同様にホリエモンも、

そっくりなAI堀江がしゃべっているのを見た。

あの人もまた、思考を可視化した本やYouTube、メルマガなどが数多く残っている。

 

圧倒的な文章量のあの方々までとはいかずとも、

私もネット上にデータとして「自分の考え」を残すことで、

後世に私という人間の「思考」が残るのではないかと考えた。

 

誰のため?120%子どもたちのために!

なぜそんなことを考えたかというと、

大好きな息子たち、娘のためである。

100%、いや120%子どもたちのためでしかない

 

救急車で運ばれた過去がそうさせる

私は数年前、

子どもたちの目の前で、救急車で運ばれたことがある

 

夕飯の支度を済ませた直後、

数日間の喘息での嘔吐や不眠を起因として、

電解質のバランスが崩れたことにより、過呼吸となり

顔面蒼白、会話困難、震えと痺れ、動機と頻脈という恐怖の時間だった。

 

そのときには子どもたちには大変不安な思いをさせた。

申し訳ない。こわかっただろうに。

 

しかし、

それと同時に、

 

「自分に何かあったときに、

子どもたちに何が残せるんだ?」

とも思った。

 

死を意識して初めて「自分がいない日常」をリアルに考えた

死を身近に感じることで、

自分がいなかったらどうなるんだろうということを本気で考えた。

この時エンディングノートも書いた。

 

そしてやはり気がかりなのは子どもたちのこと。

 

「自分という者が残らないと

 誰が子どもたちに

 『私がしたかったこと』をしてくれるんだ?」

 

という危機感が芽生えた。

私が「子どもたちにしたかったこと」とは?

(細かいことを言うと、

私はまだおかげさまで元気に生きているので

「したかったこと」ではなく「今もやりたいこと」だ)

 

私が「子どもたちにやりたいこと」を一言でまとめると、

無償の愛を与え続けること

これに尽きる。

それには明確に理由がある。

今でも「子どもたちに無償の愛を与え続けたい」という願い

私は、

子どもたちとの(今しかない)貴重な時間を、

少しでもともに過ごしたくて、

仕事を辞めて専業主夫になった。

過ぎた時間は二度と戻らない。

17年続けた看護師の時間的拘束が辛くなってきた

仕事を辞めた当時は、看護師として17年ほど経験したころ。

 

仕事にはそこそこ不満もあったが、そこまで悪くなかった。

患者さんや同僚から感謝される仕事にやりがいも感じていた。

 

とはいえ、フルタイムで昼夜問わず仕事する日々に、

徐々に

「患者さんをみるより幼い我が子の面倒を見たい」

「看護学生を指導するより、わが子にいろいろ教えたい」

そんな思いが芽生えたのだった。

  • 夜勤と日勤の繰り返しによる生活リズムの乱れ
  • 生と死の緊張感や人間関係のこじれのストレス

などから、自律神経のバランスが崩れ、

偏頭痛に悩まされていたことも大きなきっかけではある。

 

さらに、

同時期に追い打ちをかけたのが妻の態度や行動だった。

仕事のみならず、家庭も崩壊寸前だった。

妻の育児不適合(当時は今よりひどかった)

妻は、

〖外で仕事をすることにより満足感を得られる性格〗

〖周りに承認されて、必要とされて生きがいを感じる人〗

だったようだ。

 

 

家庭では、

「子どもたちに寄り添う」ことができない妻だった。

(「寄り添い方を知らない」というべきか)

子どもの立場に立って考えることが1㎜もできない人だった。(本人も自覚あり)

 

当時は家でタメ息を連発し、常にイライラをぶちまける。

「私は頑張っている」

「私だけが被害者」

笑顔をどこかに忘れたのかと思った。

いつも家庭内の雰囲気は最悪だった

私が仕事終わりに帰宅すると、

だいたい誰かしら子どもが泣いていて、

空気感は最悪、いつも悲惨な状況だった。

 

朝食は白米+ふりかけのみ。

夜にはリビングに泣いた子ども、妻はすでに寝てる、とか。

シンデレラバリに泣きながら床を拭いている幼児が1人、他の弟妹と妻は寝室で談笑、など。

今思い出しても背筋が凍る。

とはいえ、決して妻が悪いわけではない

とはいえ、妻なりに頑張っていたのだろう。

今ならそれも理解できる。

 

「ありがとう」と思ってるし、

当時を振り返りながら、未だに妻に向かって私はこう言っている。

 

「あの時は大変だったね、辛い思いをさせて悪かったね、本当にありがとう」と。

 

 

↑これは本心。

 

お互いの環境と、俯瞰して見られなかった私の未熟さ

私が看護師フルタイムの仕事に加えて、

学生指導やらなんやらで家庭持ち込みも多かった分、

妻を孤独にさせていたのは想像にかたくない。

(それでも本人の中では美化されているし、自分の行動を正当化しているのは少し不満もあるが、、、

人として生きる上で、

メンタルを保つ上で、

〖自分の生き方を正当化する〗しかないのも理解している)

事実は知らないが、

仮に妻がそのとき不倫していても私は文句は言えないだろう。。

支えてくれる人が欲しかったんだろう、と思うしかない。

育児は「その人が受けた育児スタイル」でしか行えない

子どもを育てる方法・方針は、

その親が自分の親から受けてきたもの(=育てられた方法)しかない。

なぜなら他を知らないから。

※育った自分こそが全て

=親は間違っていない

=子どもへも同じ育て方をする

 

結局「これが子育てだ」というものを教えてくれるのは、

自分の両親しかいないのだ。

 

妻は両親から無償の愛を受けてこなかった(仮定)

(限りなく確信寄りの仮定)

 

その点で言うと、

妻は(自分では気づいていないだろうが)

両親に寄り添ってもらっていなかった。

(余談だが、妻の兄と弟は精神を病んでいる。先方ご家族はそれを「病気」と割り切っているが、私から言わせると親の関わりがそうさせたとしか思えない。それは今現在を見ていてもわかる。)

 

妻は両親から十分な愛情を受けて育てられてこなかったんだと思う。

(妻の幼少期の話を聞くと

そう思わざるを得ない。

妻自身も最近そう言っている。)

 

 

…だって、

そうじゃなかったら、、、

そうじゃなければこんな事態にはならない

当時まだ10代の大事な一人娘(←妻)が、

田舎から看護学生として上京した矢先に

駅前で声をかけられて統一教会に入信して、

あれよあれよと共同生活を始めて、

韓国まで行って、教祖(妻はメシアとか言ってた)に会って、

日本では街頭演説でマイク握って、

先頭で都会のど真ん中で堂々と演説なんてしない。

 

 

私が把握しているだけでも、

3年間は少なくとも統一教会の信者として活動をしていた。

 

 

就職して看護師として働いている中でも

施設で共同生活をして、みんなの食事を作ったりしてたらしい。

 

 

看護学生や看護師をしながら

”1週間水だけの絶食生活”

を過ごして褒められるとか、

意味わかんないし。

(看護はハードなんだよ)

 

 

しかも、

一番納得できないのは、

そのことに両親が気付いてないこと。

 

 

そんなの馬鹿げてる。

 

(ホントに知らないのかは不明だけど、

様子を見ていると、どうやら本当にご両親は知らないっぽい)

 

 

普通の親なら一人娘の上京なんて人一倍気に掛けるし、

痩せてきたら気付くし、

連絡してこまめに話してたら、様子がおかしいのわかるでしょう。

 

ちょっと一方的に悪口のようにもなってきたのでこの辺にしよう。

 

子どもたちのために「私がやるしかない」という危機感

私はおかげさまで親の愛情を受けて育ったと思っている。

今でも両親には感謝しきれない。

 

つまり、

私が子どもたちに「無償の愛」というものを伝える義務を感じてる。

(妻には任せられない)

 

子どもたちが笑顔で

安心できる家庭を作り直したい

 

 

「私がやるしかない」

「やりたい」

そして「自分にはできる」

そう心から感じた。

 

 

だから今、専業主夫をしている。

 

そして、子どもたちに

自分が信じる方法で子育てをしている。

 

これが私の父親としての目標

子どもたちが

大人になったときに

「私はこんなに親に愛されて育ったんだ」

って、

誇らしく思ってほしい。

 

 

今は気づかなくていい。

今はそこまで親を気にしなくていい。

今は自分の思うがままの人生を、

思う存分歩んでほしい。

 

 

自己肯定感を持って、自分らしい大人になってほしい。

立派じゃなくていい。

世間体なんてクソくらえ!

常識なんて無いも等しい。

だから、周りに気を遣わずに

生きることを楽しんでほしい。

 

間違っても自分の命を絶とうなんて思わないでほしい。

「親に大切にしてもらった命、自分も大切にしなきゃ」

と、少しでも思ってくれたら私は最高だ。

 

 

何回失敗してもいい。

自分なりの挑戦を続けてほしい。

もちろんそれを楽しんで。

 

私が親として存在するうちなら、

尻ぬぐいなら私(親父)がするから。

めいっぱい自由に飛び立ってほしい。

 

だから今は

不登校でもやりたいことを毎日挑戦できる環境を作りたい。

毎日やりきったと思って眠れる日を過ごさせてやりたい。

 

 

現に

今、不登校の長男も、

毎日笑顔で生活できて、

とても思いやりのある優しい子に育っている。

頑張れるし忍耐力もある。

好奇心もあり探求心もある。

 

 

自分なりに目標を持って、

毎日「今日も頑張った」「これだけ出来た」

「明日はこれをやろう!」

と満足して眠る息子を見ていると、不登校なんて関係なく、

ただただ嬉しくなる。

 

 

もちろん、次男も娘も同様だ。

本当に、いつも感謝している。

私を親にしてくれてありがたい。

 

話が逸れたようだが、それこそカテゴライズしない理由

ブログの話から、

私の思考、子育て論、仕事を辞めた理由、妻や妻のご両親に思うことなど

話が逸れて逸れて(笑)

 

だから

カテゴライズできないって話。

 

話がまとまらないから。

でも話したいから、記事は書くけどカテゴリー分けはしないってこと(´ω`*)

 

このブログの将来の展望

将来、

このブログに私の独り言が溜まりに溜まって、

私にの思考が詰まったブログになったら、

 

息子や孫が

「お父さんはこんな人だったんだよ」

「おじいちゃんってどんな人だったのかな?」

と考えたときに、AIに要約してもらって私の人となりがわかる。

 

もしも私の意見や考え方が聞きたくなったとき、

このブログをAIに読み込ませて、

「筆者になったつもりで答えて」

なんて言って質問したら

それはもう私そのものでしょう(笑)

 

そんな日が来るか、来ないか。

 

まぁ私の子どもたちなら親の意見を聞いて判断するようなことはしないでしょう。

ただ、

「あの人なら、こんな時、何て言うかな?」

くらいには、

興味があってくれたらおもしろいなと思っている。

 

以上!