〖よく言えば/悪く言えば表〗を活用したら物事を多面的にみる練習になるのでは!?
人は、ある出来事が起きた瞬間は、
そのある出来事を、一方的な側面でしか見られない。
そこから、人によっては
「こういう考え方もあるのかも」
「こういう見方もあるかもしれない」
「こういう立場で考えたらどうだろう」
そんな風に多面的に捉えることができるだろう。
しかしそれは、慣れるまで難しい。
物事を把握するには俯瞰して客観的・多面的に捉えることが重要
ある出来事を一方向からしか見ていないと、本質を見誤ることがある。
決めつけは命取りだ。
自分の見方を疑い、
常に他の可能性を頭の片隅に入れておく。
こうした見方は
自分を過信せず、
物事の本質を捉えるのに役に立つ。
私も看護師として患者さんを多面的に捉えることに注力してきた
私も看護師として、
ざまざまな角度から患者さんを捉え、最適なゴールへと導くプランを立ててきた。
それは病態としてもそうだし、全人的としてもそう。
具体的には
◇病態であれば、眼に見える症状だけではなく隠れている原因を探る必要があるってこと。
◇全人的には、その人の身体・精神・社会・スピリチュアル的な要素まで含めてアセスメントするってこと。
感情的になると物事を多面的に捉えるのは難しい
熟練した方は最初から多面的に捉えることができるだろう。
しかし、
特に若いうちは
物事を多面的に捉えるのは難しいだろう。
なぜなら感情が先走るから。
でも、感情的になることも大事だと思う
でも感情が先走ることは、決して悪いことじゃない。
感情豊か=バイタリティーが溢れているといえる。
そんな勢いがあることは
物事を動かす道理になる。
つまりモチベーションにつながる。
人は浮き沈み、
そして成長していく。
とはいえ、客観性があれば建設的やりとりができる
物事を多面的に捉えられることにより
客観的に物事を解釈できる。
つまり、
他者の意見にも一定の共感・理解をすることができる。
これはコミュニケーションスキルとして重要だ。
冷静さを失うより、
客観的に、そして多面的に捉えられる方が
遥かに建設的な解決策を生み出すことができるだろう。
そこで思った、良いも悪いも、反対を考えればいいんだ、と
私はふと思った。
〖よく言えば○○〗
〖悪く言えば○○〗
という表を作ったらいいんじゃないか、と。
簡単だし。
物事の良い面と悪い面を整理するのに最適だ!
〖よく言えば/悪く言えば表〗って何?
| とある出来事 | よく言えば | 悪く言えば |
| 仕事でミスした |
|
|
| 体調が悪く寝込んだ |
|
|
| 給料が減った |
|
|
こんなふうに、
まずはその出来事に対して、どういう考えが浮かんだのかを書く。
そして、
それと対局の感情を書く。むりやり。
そうすると、
自然と「あぁこういう面もあるのか」と捉えることができる。
物事には裏表がある
これはどんなことにも共通している。
物事には裏と表がある。
その出来事を
良いことと捉える人がいる一方で
悪いこととして捉える人もいるってこと。
そこを理解すると、
自分の感情もコントロールできる。
冷静に物事を判断できるきっかけになるかもしれない。
まとめ
良く言えば/悪く言えば表
文言は何でもいいんだが、
使ってみる価値はあると思わないかい?
思わない?
それも一つの捉え方だ。
否定はしない。
忙しいかもしれないし、
手間かもしれない。
もしかしたらすでに他の良い方法を知っているのかもしれない。
めんどくさいだけかもしれない。
この世は〖かもしれない。かもしれない。〗だからね。
可能性に満ちている。
良くも悪くも。
では。
