40歳を超えてから見つけた【おとうのトリセツ⑤】専業主夫になって初めて、自分の強みが見えた
2022年末に看護師を辞めてから4年が経った。
当時は、
「よし、辞めたからには専業主夫として子どもたちのためにやるぞー!」
という想いがあり、
充実した日々を過ごしていた。
しかし、2年3年と時間が経つにつれ、
「将来的にどうなるんだろう。」
という不安も少なからずあった。
でも今振り返ると、
看護師を辞めたことで
自分の中で非常に大きかったのは、
立ち止まる時間ができたこと。
毎日病院で働いていた頃は、
自分のことを考える余裕なんてなかった。
忙しいと、自分は見えなくなる
病院では、
次から次へと仕事が来る。
患者さんのこと。
家族対応。
医師とのやり取り。
委員会や係の仕事。
新人指導。
学生指導。
リーダー業務。
とにかく毎日が慌ただしい。
その準備で仕事以外の時間も仕事だ。
休みの日だって、
「ミスしてないかな」「忘れたことないかな」
「病院から確認の電話来ないかな」
そんな不安にかられ、休めなかった。
だから、
「自分はいったいどんな人間なんだろう。」
なんて考えたことはなかった。
というか、
考える必要もなかった。
目の前の仕事をこなすだけでせいいっぱい。
あっという間に一日が終わる。
そしてそれが続く。
そんな毎日だった。
専業主夫になって時間ができた
家に入ると、もちろん忙しい。
家事全般をこなす。
3人の子どもとの時間もある。
不登校の息子との関わりもあるし
通っている弟・妹の件もある。
3人小学生なので学校とのやり取りもある。
地域の行事や役割もある。
実家の高齢の両親のこともある。
専業主夫は決して暇じゃない。
でも、
病院とは違う。
子どもの登校や学校行事など
外部が決めた時間意外は、
ある程度自分で一日の流れを組み立てられる。
たとえば、
- 朝起きる時間。
- 朝食の支度。
- 掃除や洗濯、洗い物。
- どこに運動を組み込むか。
- いつブログを書くか。
- どのタイミングで買い物に行くか。
- 何時から夕食作りを始めるか。
ある程度の余白がある。
決定権が自分にある。
私はこの生活が、
思っていた以上に心地よかった。
「自由」が好きだったわけじゃない
ここで一つ勘違いしていたことがある。
私は、
自由な生活が好きなんだと思っていた。
でも違った。
何でも好きなようにできる生活が好きなんじゃない。
自分で仕組みを作れる生活が好きだった。
ある程度、自分で決めた方が、
頭がすごく楽だった。
だから、
毎日同じような生活でも飽きない。
毎朝、味噌汁を作るのだって、
むしろ落ち着く。
子育てにも「仕組み」が応用できる
仕組み化は子育てでも応用が利く。
イライラしたら一旦物理的に距離を置く。
連絡事項や持ち物など、自分が忘れないためにはどう工夫したらよいか。
どう対応したら子どもたちは笑顔になってくれるのか。
反応的に行動してあとで後悔するよりも
そもそもの仕組みを変えた方が早い。
この考え方は、
看護師時代にもよく使っていた。
反射的に患者さんへ対応をし、
あとで後悔する、反省する、
もしくは患者さんを悲しくさせてしまうより、
転倒しにくい環境を作る。
人を変えるより、
人的ミスが起きにくい仕組みを作る。
私は昔から、
その方が好きだったし
理にかなっていると思っていた。
投資も同じだった
そして、
投資もまったく同じだった。
以前は、
配当金を増やしたい。
個別株を育てたい。
そんな気持ちもあった。
でも、
今は少し違う。
〖変わった〗と言ってもいい。
私が欲しいのは、
資産そのものじゃない。
安心して暮らせる「仕組み」。
投資信託へ一元化したい理由も、
そこにある。
「何を売ろう。」
と毎月悩まなくていい。
自動で定率(もしくは定額)で売却。
それだけ。
あとはノータッチ。
その方が、生活自体が私らしいものになる。
ブログを書いていても同じだった
最近、
ブログを書いていて思う。
私はアクセス数より、
「自分の脳内にある考えが整理されること」
の方が嬉しいし楽しい。
もちろん、
読んでもらえるのはありがたい。
その勢いで収益が出てくれたら嬉しい。
でもそれ以上に、
文章を書くことで、
頭の中が整理される。
今回のシリーズなんて、
まさにそうだ。
最初は投資の話だった。
でも、
AIと相談しているうちに自分の頭が整理されていき、
なんだか全部つながってきた感覚があった。
幼少期、
看護師、
株式投資、
専業主夫、
子育ての軸。
バラバラなテーマに思えて、
全部、同じ考え方で動いていたんだって気付いた。
自分を変える必要はなかった
若い頃は、
「もっと社交的になれたらな。」
「もっと人間関係が器用だったらな。」
「もっとクソ医者に媚び売れたらな。」
「もっと女性とフランクに話が出来たらな。」
「もっと上司の言うことを素直に聞けたらな。」
なんて考えた時期もある。
でも、
40歳を過ぎた今は思う。
無理に変わる必要はない。
自分を知る方がもっと大事だった。
私は仕組みを作るのが好き。
そして物事の全体を見るのが好き。
決めたゴール地点から逆算して考えるのが好き。
とにかく準備をすると安心する。
この性格は、
良い悪いじゃない。
ただ、私の特徴だったんだ。
それが分かるだけで、
生き方はずいぶん楽になる。
「自分に合う人生」は、案外シンプルだった
私は今、
専業主夫をしながら、
投資を継続して(追加投資はしていないが)、
コツコツとブログを書いている。
若い頃の自分が見たら、
想像もしなかった生活だと思う。
でも、
不思議なくらい自然体だ。
子どもたちに関わる時間は
全部、自分の強みを最大限活かせていると実感する。
これは私にしかできない。
もちろん、
この先また働くかもしれない。
看護師として働くに可能性だっておおいにある。
でも、
その時も、きっと仕事を選ぶ基準は変わらない。
「給料が高いか。」
「世間体がいいか。」
ではなく、
自分のトリセツに合っているか。
これからは、
そこを大事にしたいし、できるような気がする。
このシリーズを書いて思ったこと
最初は、
ChatGPTに株式投資の相談から始まった。
でも、
終わってみると、
投資の話はほんの入り口にすぎなかった。
なんと深いコーチングを受けたのだろうと思う。
とはいえ、私が勝手に自分の中でスッキリした感はある。
というか、それに尽きる。
本当に知りたかったのは、
「どう投資するか。」
ではなく、
「どう生きると自分は心地いいのか。」
だった。
40年以上生きてきて、
ようやく自分のトリセツが言語化できて完成しつつある気がする。
もちろん、これで終わりじゃない。
5年後には、
また違うことを考えているかもしれないし、
考えていたい自分もいる。
でもその時も、
またブログに書けばいい。
書くのは楽しいからね。
自分がクリアになって、
人生の方向性がスーッと明確化する感じがある。
それ通りに進むかどうかは
自分に決定権があるってところがいい。
