YouTube:B子チャンネルにて配信中の

『もらいもん』FIRSTTAKEフルバージョン。

 

ここで新たに追加されていた《母親パート》について、

私なりに思うことを書き綴っていきたい。

 

なぜなら、

  • 私は3児の父を育てる元看護師の専業主夫であり、
  • 3児ともに出産に立ち会ってきたこともあり

歌詞の内容にとても共感し感動したから!

 

それでは歌詞に感想を言っていく!

出産の感動とわが子の尊さを思い出す

歌詞引用

あんた産まれてきてくれたとき

過ごす ひととき

握る手のひら

他はもう要らん って思えた

「握る手のひら」

生まれたばかりの赤ちゃんは本当に手を握ってくれるんですよね。

あれは感動する。

正確には「大人の指1本を小さな手全体で握ってくる」って感じ。

こんな小さな体に活きる力が溢れている!と感動したのを覚えている。

本当に、子は尊い。

「他はもう要らんって思えた」

ホントそう。

子を授かった奇跡と、

恵まれた環境に感謝したあの日を思い出す。

 

そして妻の生命力を感じた瞬間と、

生まれてきた子の生命力を感じた瞬間。

 

なんてありがたいんだ、

なんて神々しいんだ、と涙が出た。

もちろん立ち会った赤ちゃん3人ともに同じように感動した。

3者3様の奇跡だったから。

 

他は何も要らない。

だってこんなに恵まれているんだから、

この子が元気ならそれでいい。

そう思えた。

まさに歌詞通り。

家族の在り方を改めて考えさせられる歌詞

家族って言うのは

会える保証

元気なうちは

会えるでしょう?

辞書によると、『保証とは、まちがいなく大丈夫とうけおうこと』らしい。

では、

この歌詞の「会える保証」とはどういう意味だろうか?

 

『家族であることは、また会えるという安心感や前提があること』

と考えてみた。

だから元気なうちは会えるでしょう?と。

 

これは裏を返せば、

元気じゃなくなったとき、

〖会える〗という保証がなくなるということ。

私は

家族はいつでも会えるという安心感があるが

「それでも元気なうちだけだよ」

「会えるうちに会っておきなさいよ」

という意味で受け取った。

幼い頃の思い出にほっこり

描いてくれた似顔絵

ママの顔にある髭

泣いたときは手に負えん

いつもしてる 応援

子どもが小さい頃にたくさん愛情を受けてきた。

親としてこんなに嬉しいことはない。

ママの顔にあるはずもない髭を描いた、楽しかった思い出。

もしくは、

うっすらとある髭をデフォルメして描いた、それだけ母の顔を見ていてくれた嬉しさと、当時の距離感の近さを思い出していたのかもしれない。

泣いたときは手に負えんのはどこの家庭も一緒ですね(笑)

微笑ましい。

そんな我が子をいつまでも応援しているというメッセージ。

共感。

親とケンカしても根底にある親子の信頼感は揺るがないって話

たとえ信じられなくても

どんな親もそう

帰ってくればいいんだよ

疲れたら いつでも

ケンカして嫌いになる時期もあるだろう。

裏切られたと感じて、信じられなくなることもあるだろう。

それでも、

親はいつでも帰ってきて良い準備をして待っているもの。

どんな親だって、子はかけがえのない存在で、

いつまで経っても可愛いって話。

やっぱり出産時に感じた〖この子が元気なら他に要らん〗って想いに戻るのよ

電話 手紙 なくても

元気ならそれでいい

存在がもらいもん

月並み?でも

そうだもん

本当なら

電話も手紙も欲しい。

でも、でも仮に連絡がなくても

あなたが元気でいてくれるなら

それだけでありがたいんだ。

 

それは大きくなった今も、

生まれてきてくれたあの頃も変わりないんだ

という一貫したメッセージだった。

 

月並み?という言葉。

ありきたりだけど、それが真実であり本質ってこと。

 

わが子の存在に感謝。

他には何も望まない、あの頃と同じ気持ち。

 

 

どんな親も、

わが子がこの世に生まれてきてくれた奇跡に感謝して、

ありがたい「もらいもん」だってことを

しっかりと心におさめている。

 

とっても共感できた。

 

わたくしごと

3児の父として、看護師をやめて専業主夫をしている。

無収入で貯蓄を取り崩して生活しているが、

それでも子どもたちとの時間を貴重なものとして

幸せを感じている。

 

いつまでも続くものではないし、

今が大切だということも自覚している。

 

長男は不登校だが、

学校に行って欲しいとか、行けるようになったらいいとか

そういう願いも特にない。

 

だって、生まれてきてくれたことが奇跡。

もらいもん。

長男がもし学校に行くことが苦しいのなら、

私は全力で、毎日を笑顔で過ごせる生活の方を応援する。

 

そんなわけで、

仕事をやめて息子と楽しく過ごしている。

 

目の前のわが子は3者3様。

人間は十人十色。同じはない。

だから全員が特別であり、

奇跡的な存在であり、

それぞれの〖ありのままでいい〗

と思えている。

 

そんな子どもたちに囲まれて生活できている

この人生も、もらいもん。

 

では。