前回の記事では、

私は昔から「仕組み」を作ることで安心感を得て、

その中で自由を見つけることが好きだったと書いた。

 

看護師時代の朝4時起きジム通いも

リーダー業務の前日に病棟へ行くことも

全部、

自分が安心して生活するための準備だった。

 

でも、

もう一つだけ、

昔からこだわってやっていたことがある。

 

それが、

「ゴールから考えること」

だった。


私は処置より、その先を見ていた

看護師の仕事というと、

  • 採血。
  • 点滴。
  • 吸引。
  • 処置。
  • 医師の介助。

そんな技術的な面を思い浮かべる人も多いと思う。

もちろん、どれも大切。

でも、

私はあまりそこに面白さを感じていなかった。

興味を持っていたのは、

もっと大きな枠。

 

例えば、

夜のラウンド時、

とある呼吸器疾患の患者さんに対し、

ルーティン的に吸引をして、

吸引による不快な刺激を加えることで

興奮を引き起こすリスクがあるとする。

 

私は経過や全身状態を十分にアセスメントした上で、

1回スキップして安眠を優先し、

体力の回復や睡眠、そしてメンタルの安定を優先すべきという判断も持ち合わせていた。

 

それが結果的に看護師との信頼関係につながり、

患者さんと築き上げる、よりよい看護につながることだってある。

 

そういうことを考える看護師だった。

 

 

目の前の処置は、あくまで手段。

目的ではなかった。

 

よく、「患者さんとの共同目標」

なんて言葉が出るが、

その言葉の本意をどれだけの看護師が考えたことがあるか。。


認知症の患者さんに正論は通じない

認知症の患者さんと接すると、

新人看護師さんは戸惑うことが多い。

「それさっき説明しましたよ。」

「ここは家じゃなくて病院ですよ。」

「もう夜から寝ましょう。」

もちろん、

間違ったことは言っていない。

正論だ。

 

でも、

その正論で興奮してしまう患者さんもいる。

怒り出す人もいる。

不穏になる人もいる。

悲しくなる人もいる。

 

 

そうなると、

結果的に危険が増える。

 

興奮して

  • 歩き出して転倒するかもしれない。
  • (他にも要因はあるが)点滴を抜いてしまうかもしれない。
  • 薬も飲めなくなるかもしれない。

 

悲しくなって、不安になって

  • 急に家に帰りたくなるかもしれない。
  • 自殺企図になるかもしれない。
  • 余計不眠になるかもしれない。

 

私は、

それなら正論なんかとっとと手放して

患者さんの味方になる方が、

遥かに理にかなっていると思っていた。


患者さんの世界に入る

だから私は、

話を合わせることが多かった。

 

入院中の患者さんに

「今日は仕事なんだ。」

と言われたら、

「そうですか。どんなお仕事をされてるんですか?」

と聞く。

 

「子どもが待ってる。」

と言われたら、

「どんなお子さんなんですか?」

と話を広げる。

すると、

良き理解者という見方をしてくれる。

 

少しずつ表情が柔らかくなる。

安心する。

 

そこから、

「じゃあ、お子さんに大丈夫だって伝えるために血圧を測っておきましょう。」

そんなふうに言うと、

案外すんなり受け入れてくれる。

ヘンダーソンだって

「患者の細胞レベルまで入り込んでアセスメントしよう」

と言っている。

私は、

こういう対応が好きだった。

患者さんを否定しないからだ。

 

ハッキリ言って知識と経験がないとできない。

過去~現在までの身体・精神・社会的な背景を理解して、その先を予測して対応しないといけないからだ。

 

正直難しい。

でも、

一つの選択肢として、スキルとして

全ての看護師さんにできるようになってほしいと思っている。


大事なのは、正しいことじゃない

もちろん、

嘘をつくわけじゃない。

ごまかすわけでもない。

 

でも、

目の前の正しさにこだわることで、

患者さんが苦しくなるなら、

私は別の選択肢を選びたかったのだ。

私の目的は、

「正しいことを言うこと」

じゃない。

  • 患者さんが穏やかに過ごせること。
  • 安全に治療を受けられること。

そこだった。

 

だから、

正論をかざすより、目的に準じた方法を。

私は自然とそう考えていた。


今思えば、投資も同じだった

最近になって、ようやく気付いた。

私は投資でも同じことをしていた。

 

例えば、

  • 個別株を持ち続ける。
  • 配当金を受け取る。
  • 銘柄を分析する。

どれも悪くない。

 

「でも、

 それが目的になってしまっていないか?

 それはあくまで手順にすぎない。」

 

そう思っていた。

 

私のゴールは、

  • 株を持つことじゃない。
  • 資産を増やすことだけでもない。

私のゴールは、

  • 家族と穏やかに暮らすこと。
  • 健康でいること。
  • 子どもとの時間を楽しむこと。

そのために投資がある。

 

もし投資が目的になってしまったら、

認知症の患者さんへ正論をぶつける新人看護師と

あまり変わらない気がした。


子育ても同じだった

これは子育てでも感じる。

子どもに、

「それは違う。」

「ちゃんとしなさい。」

なんて偉そうに言っている親には共感できない。

浅はか極まりない。

もちろん、親がいっぱいいっぱいで、そう対応するしかない場面があることも承知だ。

子育ては超ハードだからね。

(ぜひ親は自分を責めないでほしい。むしろ頑張っている自分を褒めてあげて)

 

ただ、もっと長いスパンで少し考えてみよう。

 

 

◇子育てで目指していることは何だろう?

 

目の前で言うことを聞かせることなのか。

それとも、

10年後も安心して何でも話せる親子関係なのか。

 

後者なら、

今日の正論は飲み込んだ方がいいこともある

 

もちろん、

  • 命に関わることや、
  • 人を傷付けること

は別。

 

でも、

それ以外は、

少し遠くを見て対応する方が良い。

 

これも、

看護師時代に、患者さんへの対応から

学んだことなのかもしれない。


私は俯瞰することが好きだった

今回の記事を書きながら、

ようやく言語化できた気がする。

 

私は、

細かい作業が好きなんじゃない。

俯瞰して物事を見ることが好きなんだ。

 

患者さんの今だけを見るんじゃない。

患者さんの過去、そして未来、そして現在を見る。

 

患者さん1人を見るんじゃない。

患者さんを含めた病棟全体を見る。

 

今日だけを見るんじゃない。

退院した後の生活、もしくは人生の終末までを見る。

 

株式投資でいえば

株価だけを見るんじゃない。

投資を通して組み立てられる私の人生全体を見る。

 

だから、

日々の細かいことにこだわらない。

 

その代わり、

先の先のゴールだけは見失わない。

 

そんな考え方を、

私はずっと続けてきたんだと思う。


でも、この性格には弱点もあった

ここまで書くと、

いいことばかりに聞こえる。

 

でも、そんなことはない。

 

この性格だからこそ、苦しかったこともある。

 

予想していなかった出来事。

自分の中で積み上げてきた前提が、

突然崩れること

 

そういう時、

私は思っていた以上に弱かった。

そう、予想以上に。

これは自分でもびっくりした。

 

まるで、辛く長い暗闇を歩くようだった。

しかも、変わる変わる襲い掛かってくる、強大な魔物に脳天をぶん殴られつつね。。

 

立ち直れてきて本当に良かったと思う。

 

 

そして最近になって、

時間が立ち、物理的に距離もおき、

他のことに目を向けられるようになり、

ようやく、その理由も分かってきた。

 

 

その話は、

次回書いてみようと思う。

かなり辛かった出来事だ。