心が荒んできたので感謝ジャーナルを再開しようかなという話
心が荒(すさ)んだとき、
【感謝ジャーナル】って有用だったんだな~
と、しみじみ感じる。
最近、感謝ジャーナル書いてないな。
以前は毎朝書いていた。
2024年あたりか。
感謝ジャーナルを書くメリットとして、
身近な、ささいなことに気付いて感謝することで自分の心が安定するのがわかった。
自分以外に、そして自分自身に感謝することで、
『自分は恵まれている』
と感じることができる。
つまり、
〖足るを知る〗
という状態にもっていくことができる。
これは習慣化することで、とても効果を発揮してくれた。
まさに〖幸せ〗を感じることができる習慣だった。
生活の満足感、人生の満足感を得るには最高の習慣だった。
では、なぜ今はやっていないのだろうか?
それは余力がないから。
メンタル的にも体力的にも。(朝起きられないとか)
でも、今このブログを書いていて思った。
感謝ジャーナルから離れてしまい、感謝することを忘れてしまったからこそ余力がなくなっているのではないか、と。
もう一度、始めてみようかな。
毎朝、起床後に書く感謝ジャーナル。
前はどんなこと書いてたっけ?
・朝起きられたことに感謝。
・自然に呼吸できることに感謝。
・自分の体が自由に動くことに感謝。
・子どもたちが元気でいてくれることに感謝。
・妻が働いて月8万円家に入れてくれていることに感謝。
・高齢の両親が実家で自立した生活を送ってくれることに感謝。
その上で、ネガティブな感情もノートに書き出したっけ。
・今の不安な気持ち
・誰かに対するネガティブな気持ち
・失敗を引きずる気持ち
そうすることで、自分の中でループしていたネガティブな〖悩み〗だったり〖不満〗なんてものは小さく感じることができたんだった。
今はどうか?
今は感謝できていない。
ちょっとした何かがあれば、すぐ不満が渦巻いてくる。
感謝することを忘れてしまったから、ネガティブな感情がループしているのかもしれない。
たしかに生きる上ではネガティブも大事な要素だとは思う。
反骨精神的な。
でも必要以上なネガティブ思考はメンタルを病む。
私は専業主夫。
3児の父。
仕事は家事と育児。
いや、人生の目的といってもいい。
だから報酬はいらないはずなんだが、生活する上ではお金は必要。
そんなのわかっていて仕事を辞めたんだが、
妻が予想以上に金銭的な援助をしてくれないことに不満がある。
あなたがやりたい仕事に満足すればするほど、家計管理の苦しさとのギャップが生まれる。
『月23万の給料しかもらえない』と嘆く前に、月8万しか家に入れなくてよくそんなことが言える。
住宅ローンは12万円なんだが。
食費や学費は私が払っているんだが。。
NISAも3,000円まで落とし、個人資産を切り崩して生活費に充てているんだが。
あなたはNISAの目的を『老後資金』と言いましたね。
私はその老後資金を投げて今の生活を取っています。不登校で不安定なわが子のそばにいてあげたくて。
そのためには本来住宅は必要ないんです。
私は安い住宅に引っ越したい。
70歳まで月12万円を払い続けたくない。
あなたが建てたくて、住所を決めて間取りを決めて建てた家のローンを、なぜあなたが払わないのか。
なぜあなたはこんな家庭状況でも、家庭よりも仕事を優先して、月々年金も払い、NISAもiDeCoもして、自分の将来にコツコツ備えられているのか。
私の将来は、、、看護師時代に貯めた資産のみだ。
それを今は切り崩している。
ものすごい勢いで。
とまぁ、そんなネガティブな思考も感謝ジャーナルによって少しは緩和されるのかもしれない。
とりあえずやってみよう。
〖踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにぁ損々〗
最近読んだ本(オーディブルだったか)で印象に残っている言葉。
阿波踊りの言葉だけど、これが意外に深く刺さった。
本ではこうも言っていた。
『優秀な人ほど阿呆になることができる。阿呆は阿呆にみられることを嫌い、プライドで覆い隠そうとする。』
たしかに。
深く共感した。
そして、どうせなら何でもチャレンジする阿呆になりたい。
謙虚であれ。
足るを知る。
感謝。
プライドを捨てて阿呆になろう。
今日はそんな気分。